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被害届狂騒曲~制度と運用について~ [警察・刑事手続]

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犯罪による被害を受けたと思ったら、普通は、警察に「被害届」を出そうとするだろう。だが、いざ交番なり警察署なりで「被害届」を出そうと試みると、そこにはある困難が立ちはだかる。被害の相談にあたった警察官が、犯罪の被害相談を被害届として受け付けてくれないのである。そんな経験を見聞きすることが、少なくない。

果たして、被害届とは何なのか。被害届の制度と運用、そして改善への示唆について、概観してみたい。

1:被害届の法令通達上の扱い

被害届は犯罪捜査の端緒と考えられるが、実は犯罪捜査を規律する法律である刑事訴訟法には規定が無い。刑事訴訟法にあるのは、「告訴」「告発」のみ。「被害届」については、国家公安委員会規則である『犯罪捜査規範』に定められている。

犯罪捜査規範の61条によれば、

「警察官は、犯罪による被害の届出をする者があつたときは、その届出に係る事件が管轄区域の事件であるかどうかを問わず、これを受理しなければならない。」

とされている。また、被害届の運用に関する主な通達としては、警察庁刑事局長名で平成31年3月に出された、『迅速・確実な被害の届出の受理について』がある。同通達によれば、

「被害の届出に対しては、被害者・国民の立場に立って対応し、その内容が明白な虚偽又は著しく合理性を欠くものである場合を除き、即時受理すること」

とされているのみならず、明白な虚偽等の判断については、

「届出人から聴取した届出内容から容易に判断し得るものをいい、改めて捜査又は調査を行い検討することを意味するものではない」

と定めており、要は被害届を提出しにきた人から聞いた内容が明らかにウソでなければ、それ以上の捜査や調査無しにいったん受理せよ、という趣旨であろう。このように、少なくとも犯罪捜査規範や通達において、被害届の提出や受理を妨げる要因は、通常の場合ほぼ存在しないと考えられる。

しかし、いざ被害届を出そうとした人は、このような制度とその実際での運用との乖離の甚だしさに直面するに違いない。

2:制度と運用の乖離

自分が何らかの犯罪被害を受けたとして、交番や警察署に相談しに行き、対応する警察官に被害届を出したい旨述べたとする。しかし、現行犯のような場合を除き、被害届を出せないあるいは受理してもらえないことがほとんどのはずである。

理由は様々だ。例えば、
・被害から時間が経っており証拠が散逸している
・被害として受理しようにも被害申告以外の証拠がない
・被疑者とされる人から話を聞かないと判断できない
・あなたの行動にも問題があり被害者とは言い切れない
などを、警察官から言われることが多かろう。

しかし、先に述べた通り、その場の被害申告で判明する程度の明白な虚偽等でなければ被害届は受理されねばならないというのが、規則や通達の建前のはずである。この乖離は甚だしい。

原則として、被害届が出されなければ、そもそも犯罪が認知されず、その後の捜査や起訴や刑事裁判は存在しえない。犯罪の成否を最終的に判断するのは捜査や起訴を経た刑事裁判であるにも関わらず、交番および警察署における被害の認知の段階で、かなりの程度犯罪の成否について選別されているのが現状ではなかろうか。

3:運用の背景と懸念

もちろん、このような運用となることにも一定の合理性が無いわけでもなかろう。

一線の警察署や交番は、概ねリソースがひっ迫しており、被害届を受理しても捜査等に人が割けないことは少なくない。また、必ずしも犯罪として捜査する必要が無いにも関わらず、例えば民事上のトラブルを有利にするために被害届を利用するような被害者もいる。甚だしい場合には、そもそも具体的な被害を受けていないのにも関わらず、被疑者とされる人物へ嫌がらせをするために被害届を出す自称被害者だっていることは否定できない。

警察署や交番で少しでも勤務すれば、このような、犯罪として刑事手続きに乗せることが果たして妥当なのか疑わしい被害の届出がそれなりにあることは、すぐに看取できるだろう。その意味では、被害者に対し、被害届の提出について一定の再考を促すことには、それなりの合理性が無いわけではない。

しかし、規則や通達からは、そのような実務運用を読み取ることは難しい。また、制度上原則として受理されるべき「被害届」の提出に運用上の高い壁があるのは、被害そのものによって精神的ダメージを受けている被害者にとって、ダメージの上乗せになりかねない。このような、制度との乖離と被害者のダメージは、刑事司法への少なからぬ不信感を生む土壌になるのではなかろうか。


4:運用改善の示唆

対応する警察官にとって被害申告は数ある日常の一コマであっても、被害者にとっては、被害届を受理してもらえないということは、刑事手続きへの扉が閉じられることを意味する。真摯に被害を訴えたい被害者であるほど、そこに刑事司法への絶望を感じざるを得ないだろう。一方で、刑罰法令に少しでも関連するような日常の不愉快を全て犯罪被害として、被害届を受理するような運用が合理的であるとも思えない。

おそらく、必要なものは、被害届の受理不受理に関する基準と、理由の告知、および不服申し立てなのではないかと思う。

犯罪捜査規範や警察庁刑事局の通達では、明白な虚偽等が無い限り被害届を受理すべきという趣旨であり、これが基準ではあるが、これが実務運用に合致していないのは明らかだと思う。したがって、被害届が受理されない基準について、より具体的に定める必要があるのではなかろうか。

また、被害届を不受理にするのであれば、その理由を明示することも重要なはずだ。被害届の不受理は、被害者にとり、ある意味、行政における許認可等申請の不許可処分や不利益処分に似ているところがあると思う。刑事手続きと行政手続き、厳密には同じとは言えないが、その趣旨を参考にすることはできるのではないか。

ついで、不服申し立てである。被害届が不受理とされた場合、被害者には訴える先が存在しない。もちろん、国家賠償請求の余地はあるが、被害者が求めるのは賠償ではなく被害届の受理であり、そのためにどういう基準を満たせばいいのかという情報である。そこで被害届の不受理について理由を再検討する不服申し立ての仕組みを設けても良いのではないかと思う。

被害届は、人々と刑事司法への最初の接点である。その接点をいかに整えるかは、刑事司法への人々の信頼を確保する上で大切なはずだ。制度と運用の乖離を縮め、より合理的な被害届運用がなされることを望む次第である。

■参考■
・犯罪捜査規範
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=332M50400000002

・迅速・確実な被害の届出の受理について
https://www.npa.go.jp/laws/notification/keiji/keiki/011.pdf




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