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少子化対策、氷河期世代のエトセトラ [経済]

少子化の問題もそうだけど、現在の税制は、働き盛りの単身者に厳しい制度になっていると思う。「だったら結婚して子ども作れ」となるんだろうけど、結婚して子ども作ったとしても、現在より世帯としての生活水準が上がるほど税制や扶助で優遇されるはずもない。

当面の経済情勢と自分の能力では、今後子どもが出来たとして、今の自分が受けた教育以上のものを受けさせる金銭的余裕はないだろうし、であれば、子どもは今の自分より生活水準が下がる可能性が高く、縮小再生産なわけだ。

やっぱり、結婚や子育ては、ある程度余裕のある世帯じゃなければ難しいと思う。

話を少子化対策に絞ると、今の多くの施策は、未婚世帯や子どもを持たない世帯に、結婚や子育てのインセンティブを与えようとしているように見えるけど、もっと事態は差し迫っていると思う。

具体的には、
 ・適齢期である男女の所得水準の悪化
 ・低所得世帯の子どもの貧困
の2点ではなかろうか。

前者は、男性はもちろん、女性はもっとひどいのではないか。同一勤務先での昇給や昇格が抑えられれば、今の生活を維持するだけで手一杯であり、個人の生活水準が下がる子育てを選ぶはずが無い。

また、適齢期すなわち働き盛りの男女の所得が低い状態とは、生産性が低い労働に従事せざるをえない状態なわけで、貴重な働き盛りの労働力の成長機会を奪っていると言っても良いのではないか。

これは、5年~10年後に、成長する機会の無かった未熟練労働者が社会の中核になることを意味する。本来社会保障の負担や子育て負担をしてほしい世代が、社会的な弱者になり、公的な援助の対象となる可能性が高い。

いや、すでに氷河期世代として、この懸念は現実化しているといってよかろう。

後者も問題は深刻である。象徴的なのが、各自治体で把握不明の学童が少なからずいることであろう。多くは国外に行ったためとのことであるが、必ずしも裕福ではない家庭で、虐待の可能性も指摘されている。

もしこの子達が無事に育ったとしても、教育が十分でない状況で生産性の高い職につける可能性は低い。(もちろん、本人の努力で克服するという事例もあるだろうが)ここでも、将来、公的な援助を必要とする未熟練労働者層が増える蓋然性が伺える。

結局、政府によるインセンティブという下駄を履いても結婚や子育てのハードルには届かない世帯の方が多いのではないかと思う。

であるならば、給料は上がらないまでも自分の食い扶持はどうにか稼いでいる働き盛り層を没落させない仕組み、例えば教育の機会確保や労働法制の整備、そして貧困家庭への教育費援助などの施策は、福祉ではなく、国家戦略として、緊急の必要性があるものではなかろうか。

なんて、自分が属している層への利益誘導施策を打ってみたが、悲しいけどこれって、政治なのよね。。。政治に関心のある高齢者や子育て層には、氷河期単身世帯層は、到底勝てそうにもございません。

やんぬるかな。


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満州寸考 [読書]

『甘粕正彦 乱心の曠野』(佐野眞一 新潮文庫)読了。

内務省と陸軍との勢力争いの狭間で、大杉栄虐殺の汚名を刻まれた
元憲兵大尉は、軍から、ひいては国家から保護と使命とを与えられ、
満州で暗躍する。

甘粕の蠱惑的な汚名と卓越した実務能力、そして、破裂間近な風船のような
その張り詰めた人格は、満州で、多くの人間を引き付けた。

甘粕は、岸信介や東条英機など、いわゆる大物とのパイプを維持しつつ、
その周辺にどこか無頼な人間を置いて、縦横に活躍させる。

それにしても、満州。

人口増加、不況、戦争、統制経済にあえぐ本土をよそに、
満州という言葉の響きは、なんと広大で甘美なことか。

五族協和の実態は差別と官僚主義に彩られたキメラだとしても、
それは、大きな可能性を感じさせる大地だった。

満州の維持は華北進出、そして中国への特殊権益主張につながり、
中国への機会均等、門戸開放が国是の米国と対立。日米戦争に発展。
敗戦とともに、満州国は、ソ連戦車の轍に消えた。

満洲映画協会理事長の甘粕は、青酸カリで大日本帝国に殉じる。

ところで、満州への希望と挫折は、日本人に何を残したのだろうか?

閉塞感ただよう令和の日本、新たな「満州」が必要なのかもしれない。

しかし、満州がもたらした昭和日本の高揚と、その挫折が生んだ
様々な悲喜劇を想うと、「満州」を求める声がどこかか細くなってしまう。

これが、衰退なのだろうか・・・
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中流意識への戯言 [その他]

戦後の日本という国家における共同幻想(=物語)は、「中流意識」だったのかもしれないな。

しかし「中流意識」ってのも不便だよ。

中流以下の金のないやつは、不相当な生活のために背伸びせにゃならんし、金のあるやつも「中流」的な発想に縛られて中途半端な金の使い方しかできないし。

巷間懸念されているようにこれから経済的格差が広がっていくのなら、むしろ皆、「中流意識」から開放されて楽に生きられるのではないかな。

なんてのは楽観に過ぎるか。

負け組の鬱屈せるルサンチマン及び勝ち組の解き放たれた傲慢を昇華させる、新しい物語が必要になるのだろう。

そう。

日本は、物語を必要としているのだ。

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