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『香港警察東京分室』~ジャーナリズムと社会批評とエンタメと~ [読書]

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月村了衛さん『香港警察東京分室』読了。

現代を切り取るジャーナリスティックな視点と、社会の現状への痛烈な批評、そして登場人物の掘り下げや活劇とが融合した、ハイレベルのエンターテインメントだった。

国境を越える犯罪に対処するため、ICPOの仲介の体で日中間で覚書が締結され、香港警察の捜査員が日本に常駐するとともに、日本の警視庁組織犯罪対策部国際犯罪対策課に、そのカウンターパートである「特殊共助係」が設立。

日本の警察部内では、香港警察の接待係と揶揄され、「香港警察東京分室」と後ろ指を指されながら、香港と警視庁、それぞれ5人のメンバーが事件対応に動く。

本作での彼らの任務は、香港民主化の思想的指導者で、複数の死者を出した民主化デモを主導し、かつ助手への殺害容疑で香港警察から手配され日本に潜伏していると考えられる、女性研究者キャサリン・ユーの確保。

中国の相反する犯罪組織たちに加え、中国共産党政権の中枢である中南海、そして香港政府、日本警察、日本の政府中枢の思惑が入り乱れる中、日本側も香港側も、各人それぞれの過去を抱えつつ、各々の考える現在の任務に邁進する。

そのあまりの現代性は、まず香港である。97年の中国への返還以降、一国二制度とされた香港であるが、中国共産党政権が民主化の弾圧を進め統制を強化しているのは周知の事実。一国二制度を維持するとの英国との取り決めである2047年以降に向け、中国共産党政府は着々と既成事実を作りつつある。

次に、その設定。この作品の執筆が具体的に検討される中、あるいは、連載の最中に、中国の公安機関が他国の主権内で拠点を設け活動していた事実が相次いで報道される。例えば以下の通り。

≪BBC:中国、警察の出先機関を外国で設置か オランダが「違法」と非難≫
https://www.bbc.com/japanese/63396068

≪読売:中国警察の海外拠点、日本に2か所か…外務省が「断じて容認できない」と申し入れ≫
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20221219-OYT1T50232/

中国共産党政権が、この手の国際的な批判に応えるため、各国において合法的に捜査員を活動させる根拠を求めているとしても不思議ではないし、その意味で、作品の現実感が否応にでも高まる。もはや、ジャーナリズムを侵食しているとすら言えるのではないか。

加えて、本作が、現代の日本に対する月村さんの痛切な批評であり警世であるのは、一読すればすぐにわかる。本件の捜査の過程で、香港出身の参考人たちに語らせる香港と、日本。自由が失われようとしているのは、果たして香港だけなのか。香港と日本の捜査員たちが時の政権の意向や組織の思惑に翻弄される姿は、政治とは自由とは何かを、改めて考えさせられる。

それでいて、本作は、心憎いほど、きちんとエンタメなのである。

「分室」の日本側メンバーと香港側メンバー、5人のそれぞれに、今そこにいる背景と理由と目的がある。特に、リーダーである特殊共助係の管理官、水越真希枝警視は、それらを十二分に感得しつつ、日本の警察というものの役割を果たすべく、柔和にしてのらりくらりと指揮を執る。キャサリン・ユーを追う謎解きも、銃撃戦やカーアクション、登場人物たちの裏切りや隠された人間関係も、いずれも、それだけをとってもしっかり楽しめる娯楽小説なんである。

このように、現代を切り取るジャーナリズムであり、現代日本を憂う社会批評であり、そして人物とミステリーとアクションを兼ね備えたエンタメでもあるという非常に重層的な読書体験を、『香港警察東京生分室』はもたらしてくれる。本作が直木賞候補作となった事実は、日本の読書人の矜持といっても過言では無かろう。

今回も行きがかり上、設定等に若干の協力やアイデア出しをさせていただいているが、僕の断片的なアイデアや指摘を骨太の物語にまとめ上げて見せる月村さんの手腕には、10年以上の付き合いながら、毎度毎度新鮮な驚きを禁じ得ない。

さて、SNSなどでたまに見る、「日本では社会批評をするエンタメが評価されない」との言説。それは、発した当人のエンタメや社会批評に関する知識や認識の浅さを露呈するものではないかと、その御仁のために危惧する。

少なくとも、その御仁が、本書、『香港警察東京分室』を読んでいないことは、間違いないのではないかと思うのである。

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