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『メイドインアビス』雑感~生命観と倫理観のざわつき~ [読書]

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最近折に触れて、『メイドインアビス』を読んでいる。面白い。

世界に残された謎としての大穴「アビス」。そこは、獰猛な生物たちが跋扈し、現代のテクノロジーを超えた貴重な遺物たちが眠る秘境。遺物を求め、あるいは己の好奇心に突き動かされ、それぞれの目的をもって、多くの「探窟家」たちが「アビス」に潜り、挑む。『メイドインアビス』は、そんな、アビスと、アビスを巡る探窟家たちを描いたファンタジー作品なんである。

主人公リコは、アビス深くへの「絶界行(ラストダイブ)」のゆえに生死不明とされた著名な探窟家、「殲滅卿ライザ」の娘であり、アビスの浅めの層での探窟を生業とする孤児院で暮らしつつ、母への切なる思いとアビスへの好奇心にあふれる少女。

彼女がアビス内で危機に陥ったとき、ロボットの少年レグに助けられたことで、物語の歯車が回りだす。リコとレグは孤児院での暮らしを捨て、二度と地上に戻れない覚悟でアビスへの探窟を開始。アビスの奥深くへと潜り、様々な苦難を乗り越えて生き残りつつ、多くの人々と出会い、ときには戦い、ときには助け合い、探窟を進める。

どこか可愛らしく、それでいて稠密な絵柄で描かれるアビスの様は、生命の危機が常に隣り合わせの厳しさにありながら、なんというか、とても心地よい。『風の谷のナウシカ』『ウィザードリィ』『ダンジョン飯』『ベルセルク』その他もろもろ、過去に見たり読んだりした作品たちの養分が要所要所にしみわたっているような気がする。

とりあえず現時点で世に出ている11巻くらいまで読んだのだが、個人的に興味深いのは、作中の生命観と倫理観だ。その象徴とも言えるのが、「黎明卿ボンドルド」という存在かもしれない。ボンドルドは、リコの母ライザと同様、世界に数人しかいない「白笛」という称号を持つ大物探窟家である。

ボンドルドについては、すでにネット上で様々な情報や解説があるので詳しくはググって欲しいのだが、周囲の対象に惜しみない愛情を持ちつつ、自分の好奇心や目的達成のために、愛する娘はもちろん、自分自身の肉体すら、それこそあらゆるものをためらいなく犠牲にする、そんな存在。

中でも、アビスの呪いといわれる上昇負荷を解決する「カートリッジ」という技術の開発には、慄然とさせられる。

ちなみに、アビスのカギとなる概念の一つが上昇負荷。要は人間がアビスに潜る分には何の問題も無いが、下から上に上がろうとすると心身に深刻なダメージを被る現象。深い場所からの上昇であるほどそのダメージは厳しく、特に、六層と言われる深層から上がる際には、生命を失うか人間ではない異形の存在に変容してしまう。なので、六層以下への挑戦は片道切符であり、事実上、人間社会からのドロップアウトを意味する。だからこそ、それは「絶界行」(ラストダイブ)と呼ばれるのである。

さて、そんな上昇負荷。親密な関係性にある人間同士であれば、いわば融通ができることに着目したボンドルドは、上昇負荷を一方に肩代わりさせる研究に着手する。そのため、自分の名声を利用して子供たちを集め、愛情を注いで育て、かつ、子供たち相互に親密な思いを抱かせ、過酷な人体実験を繰り広げる。その結晶が、カートリッジだ。

カートリッジとは、要は、子供の身体から、脳と脊髄と数日間生存するためだけの最小限の臓器を残してすべて剥ぎ取り、皮で包み、携帯できるよう箱詰めしたモノ。ボンドルドは、これを装備することで、過酷な上昇負荷を子供であったカートリッジに肩代わりさせ、アビスでの自由な上昇移動を実現したのである。

人体実験、誘拐、児童虐待、殺人etc。なんとでも非難出来よう。正直、胸糞と言っても過言ではない。このような、日常生活の感覚から見た倫理観のイカレっぷりと、ボンドルドの「白笛」としての実力は、他の作品ならば、例えば『鬼滅の刃』の無惨のように、まさに悪の権化ないしはラスボスとして断罪されてもいいような存在だ。しかし、『メイドインアビス』ではそうはならない。それなりの非難はされつつも、そういうものとして、世界に受容されている。

実際、ボンドルドは、リコたちと戦うも、お互いに殺し殺されることは無く、最終的には折り合いをつけて、リコたちの旅立ちを、ある意味探窟家の先輩然として見送る。また、主人公リコの旺盛な好奇心も、どこかボンドルドに似たものとして、作中随所で示唆されているのである。

このような倫理観の背景にあるのは、その生命観なのかもしれないと思う。『メイドインアビス』における生命の在り方は、どこか、不思議だ。もちろん、多くの場合は我々の日常生活で想起する生死であるといってもよいだろう。しかし、それ以外の様々な在り方も描かれる。

例えば、上昇負荷の影響などによってかつて人間であったものが異形の存在と変わった「なれ果て」であり、「白笛」の称号を持つ探窟家たちが持つアイテムとしての「白笛」の素材も、かつてその持ち主と精神的に親密な関係性にあった人間の身体が変容した「命を響く石(ユアワース)」であるとされる。そして何より、ここでもボンドルドの存在だ。

ボンドルドは、精神隷属機(ゾアホリック)という遺物を駆使したいわば精神生命体であり、身体が生命活動を停止したとしても、他の身体に人格や記憶を転生できる。そしてそもそも、彼の持つ「白笛」自体、かつての彼自身の身体だったものだとのこと。

その他、機械としてのレグや不死身とされる「なれ果ての姫」ファプタなど、日常用いる意味での「生命」という存在が、作中では、これでもかと相対化されている。

このような、我々が日常においてどっぷりと浸かっている生命観と倫理観に対する、ファンタジー世界を舞台としたささやかな挑戦が、読む者の心をどこかざわつかせ、得体のしれない魅力になっているのではないかと思われる。

とはいえ、『メイドインアビス』の物語はまだまだ続いている。これを書いている現在、作中では新たに「白笛」である「神秘卿スラージョ」がその姿を現した。

今後も、追っかけていきたい物語なんである。

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