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【読書】『戦国の軍隊』~学びてときにこれを習う~ [読書]

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『戦国の軍隊』(西股総生)読了。面白かった。

兵農未分離で農繁期には戦ができない他国大名に先駆け、いち早く兵農分離を成し遂げて機動的な兵運用を可能にし、大量の鉄砲を導入して鉄砲隊として集中編成するなどの軍事革新をもたらした織田信長。その軍事力で、当時最強をうたわれた武田軍を破った長篠の戦いをはじめ戦勝を重ね、天下統一の土台を作った。

そんな教科書的な戦国時代の軍隊への理解を覆す内容を、きちんとした論拠で提示している。

筆者が着目しているのは、兵農分離と兵種別編成の普及である。

戦国時代の軍隊では、一部の武士を除き、基本的には農民からの徴収兵であったとされている。だから戦は農閑期だけのものとされてきた。いわゆる、兵農未分離である。しかし、1550年代以降の武田氏や北条氏、そして上杉氏の軍事行動を見ると、農繁期にも大規模な軍事行動を起こしている。したがって、すでにそのころには東国において兵農分離がそれなりに普及していたと考えられる。

また、封建領主がさらに上位の権力(公方、管領、守護など)から命令に従い、兵種がバラバラなまま各々の軍隊を率いて従うという、鎌倉時代から続く領主別編成が戦国時代にも主流ではないかと考えられてきた。しかし、これも各種軍事徴収に関する文書などによると、1560年代以降には、弓部隊など、領主別に徴収された後、実際の戦闘までに軍を率いてきた領主から兵を引き離し、改めて兵種で編成されていたとみられる記録がある。

これらを可能にしたのが、戦国時代の軍隊、特に戦闘員の二重構造であった。大きく言うと、侍と足軽である。

侍は、いわゆる封建領主層、ないしは足軽等から成り上がってその地位を得た存在である。この層は、幼少期から専門的な軍事訓練を受けたり自己の修練を重ねてきたりして、個人的な戦技をひたすら磨いてきた者である。

しかも鎌倉武士の衣鉢を継ぎ、強烈な名誉意識と勝敗へのこだわりを持つ。実際の戦闘では、指揮も執るが、それ以上に、重装騎兵・重装歩兵として自ら槍をふるい敵陣敵城に率先して襲いかかる。死地に真っ先に飛び込むことを期待されかつその役割を自覚している。戦意も高く、高度な戦技を持ち、しかも機を見てだまし討ちをもこなせる、強力な戦士だ。新渡戸稲造の描いた道徳的存在である武士道とは、かけ離れた世界だ。

一方、足軽は、農民ではないものの、戦争の都度雇われる傭兵である。戦争が生業だが、侍ほど専門的な訓練を積んできたわけでも無く、戦意も、侍に比べれば低い。俸給のほか、戦場での略奪などで収入を得ている。つまりパートタイマーのような存在であり、応仁の乱以降、その活動が史実に記載されることになる。その供給源は、度重なる戦争で荒廃した農村から逃げ出した人々だ。

このように、レイヤーの違う専門軍人である侍と足軽の存在で、信長登場以前にも、兵農分離と兵種別編成が可能になっており、しかも信長に限らず多くの大名がそのように運用していたのではないかと本書では指摘している。

ついでに言えば、当時の軍編成を考慮すると、信長が近江国友などの鉄砲産地を押さえ、鉄砲の調達で有利な地位にいたのは間違いないとしても、武田氏や北条氏もそれなりに鉄砲は入手出来ており、信長の鉄砲隊比率が極端に高いわけでは無かったようだ。

では、信長が兵農分離や鉄砲隊運用を先駆けて行ったわけで無いとして、信長や秀吉が天下統一に向けて他の大名を圧することができたのはなぜか。それは、何度も形成される信長包囲網による戦争の連続などで、他の勢力と比べ、上昇志向の強い勇猛な戦士である侍層が質量とも豊富だったからではないかと唱えている。

上昇志向の強い侍層が豊富であることは、すなわち、組織内で強烈な上昇圧力や競争が常時生じていることであり、ものすごくストレスフルな組織であったことは想像できる。一方で、その組織内の競争を勝ち抜くことができれば、羽柴秀吉や明智光秀や滝川一益のように、譜代の家臣で無くても国持ち大名になることだって夢ではない。

要は、信長軍は急拡大する景気のいい成長ベンチャーみたいなもので、元からの家臣層はもとより足軽等から侍を目指す人材が集まり、しかも相次ぐ戦争で戦死なり失脚なり新陳代謝も激しいことから、武田氏などの他の勢力と比べ、獰猛極まりない戦士である侍層が雪だるま式に拡大発達していく仕組みが作られていた、ということではなかろうか。

さて、織田信長や戦国時代については、子供のころからも、大人になってからも、様々な書籍なり何なりで目にしてきた。しかし、その後の研究が進むにつれ、そしてそれを知るにつれ、知識としてもっていたディテールがアップデートされていく。これは何とも言えず心地よいものだ。

「学びて時に之を習ふ。亦説ばしからずや」

本書を読み終えて、そんな論語の一節を思い出した次第である。



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