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【読書】『日本史の謎は「地形」で解ける』 [読書]

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『日本史の謎は「地形」で解ける』(竹本公太郎)読了。面白かった。

日本史の様々なトピックを取り上げ、それに人文社会学的ではない地形や気象面での考察を加え、その背景を明らかにすることを試みている。

まずユニークだったのが、忠臣蔵を巡る一連の論考だ。そこでは、徳川幕府が、三河時代からの因縁ある吉良家を滅ぼし、忠義という幕府に都合のいいイデオロギーを喧伝するために、赤穂浪士の仇討ちを利用したのではないかと結論付けている。

理由としては、一つに、赤穂浪士が江戸城半蔵門近辺に潜伏していた違和感を挙げる。

半蔵門は、他の門と異なり橋ではなく土手で街道と結ばれており、防衛上相対的に不利であることから、その周囲は大名や旗本の屋敷で固められていた。したがって幕府の監視が厳しい場所だったはずであり、そこに犯罪予備軍が潜伏するには、幕府の黙認があったに違いないと考える。

次に、浅野家の菩提寺であることを理由に、家康創建に係る泉岳寺に四十七士を埋葬することの異例さである。これは、赤穂浪士の活動を幕府として黙認したと同時に、街道筋にあり人通りが多い泉岳寺を通じ、忠臣蔵という忠義の物語を普及させる狙いがあったとしている。

加えて、三河における矢作川の水運を巡る、松平≒徳川氏と吉良氏の間の因縁についても言及する。徳川氏としては、足利氏の幕府に近しい高家としての利用価値はあったものの、機会があれば吉良氏を除く機会をうかがっていたのではないかと解しているのである。

忠臣蔵以外にも、信長の比叡山焼き討ちなど、様々な論点を挙げているが、印象深かったのが、浮世絵などを見ながら紹介する、徳川家康の江戸入府以降の、関東平野や江戸を巡る諸々の治水対策である。

戦国時代、江戸は後北条氏の勢力圏であったが、周囲は水はけが悪い湿地帯で、生産性は高くなかった。この江戸を中心とした関東平野を、家康および以後の徳川幕府は一変させる。その最大のものは利根川の改修だ。東京湾に注ぎ込んでいた利根川を、現在のように、銚子方面に流したのである。

その他、荒川(現在の隅田川)の氾濫を防ぐために両岸に堤防を作るだけでなく、その近くに吉原遊郭、川向うに向島の料亭街を設け、堤防に人の行き来を増やすことで、堤防を踏み固めるとともに、堤防の異常が通報されやすい仕組みにしたのではないかと指摘している。

他にも、治水や飲料水確保の施策が諸々紹介されているが、そこにあるのは、京都から江戸に日本の文明の基軸を移そうとする、徳川幕府の壮大な決意ではないかと思った。

ちなみに、家康の江戸入府以前、関東平野に覇を唱えていたのは、先述の通り北条氏。北条氏は戦国大名としては異色なまでに内政を重視していたが、利根川や荒川の改修にはほとんど手つかずであった。やはり国家の統一による平和と、強力な幕府によるリソースの集中活用が治水には不可欠なのだろう。

本の終章近くでは、都市として異例の発展を遂げた福岡について解説がされる。福岡は、東京はもちろん、京都や奈良と比べても、水運、エネルギー、食糧調達の便など、都市成立の諸条件に著しく不安があるが、それを補って余りある交流の利便性によって成り立つ都市であるという。

さて、日本の歴史上の都市文明として、まずは大和川の水運を利用してシルクロードの終着点としての飛鳥・奈良が栄え、淀川・琵琶湖の水運により日本海と太平洋をつなぐ拠点として京都が栄え、軍事力による平和を背景に、荒川・利根川を制することで広大な平野が利用可能になった東京が栄えて現在に至る。より大きな川の流域に、より交通の便がよいところに都市は遷移している。

本書は、逆に飛鳥・奈良から遡った都市文明、すなわち邪馬台国の位置について簡単に仮説を述べて終わる。つまり現在議論になっている候補地で、大和川より小さな川の流域で、かつ交流の利便性があるところはどこか、それは伊都国、すなわち博多湾沿岸では無かろうか、とのことである。

日本史の謎、というタイトルから、何か日本史のトリビア的な知識が書かれていることを想定して読み始めたが、ここまでくると、日本文明の盛衰を見せられたような気がしてしまう。

20世紀後半になって、自動車と鉄道と飛行機により様相は変わってしまったが、それ以前の数千年以上もの間、日本人、いや世界の多くの人々にとって、河川や海の水運こそが文明を担うきっかけだったのだなあと思いをはせてしまう。

筆者は、政治や経済と比べ、地形や気象を「下部構造」として、謙遜したような物言いをしているが、なかなかどうして、稀有壮大な文明論を読むことができたと思うのである。




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