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【フィクション】公園の夜 [フィクション]

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夜、なんとはなしに眠れず、
散歩に出てみた。外は暖かい。
コンビニで缶ビールを買って、
あてどもなく歩く近所。
ふと周りを見る、と、
小さいとき遊んだ公園だった。

シーソー、ブランコ、砂場、滑り台、
ジャングルジム・・・
こぢんまりとしているが、一通り揃っている、
ありふれた、そんな公園。

ちっぽけなジャングルジムによじ登り、
てっぺんに腰掛け、
持っていた缶ビールを開ける。

プシュッ!

炭酸の軽くはじける音が、
人気のない暗闇に染みこんでいった。
軽くのどを潤して一息つくと、
実は、月のキレイな夜。
風が少しひんやり、心地よい。

しばし涼んでいると、公園の入り口に人影。

(誰だろう?)

見ていると、まっすぐ、
ジャングルジムに近づいてくる。

それは咲子だった。
久しぶりの地元で、会いたくて、会いたくなかった人。
彼女はジャングルジムの下まで来ると、

「こっち、帰ってきてたんだね!」

と、相変わらず快活。

「ごぶさた。休みが取れたもんでね・・・」
ちょっと、困惑してしまっている僕。

僕はビール片手に、
どうにかジャングルジムを降りて、
咲子の側に立つ。

「どうして、俺がここにいるって?」
「別に、通りかかっただけ」
「そっか」
「久しぶりなのに、立ち話も、なんだね」

僕らは、座る場所を探した。
ベンチもあったけど、
なぜか、腰掛けたのはブランコ。
しばし、無言のまま、お互いブランコを揺らす。
何か、きっかけが欲しくて、

「これ、いる?」

僕はビニール袋の中の缶ビールをもう一つ、
差し出した。

「気が利くね。のど、乾いてたんだ」

ビールを飲む白いのどに、つい、目がいく。
そんな僕の視線に気づいたらしく、

「ん?どしたの?」
「いや、別に」
「なら、いいけど、あの、さ・・・」

咲子は目を足下に落とした。

「何?」
「ん、何でもない」

二人の間に、沈黙が居座ろうとし始めたから、
僕は、

「なあ、ちょいと、遊ばないか?」
「何して?」
「とりあえず・・・」

僕はブランコの上に立って、勢いよくこぎ始めた。
ぐんぐんこぐと、風が、身体の中を突き抜けていく。

「危ないから、危ないから!」

そう言いながら、咲子はケラケラ笑っている。
身体がほとんど地面と平行になるまで、
僕はこぎ続ける。こぎながら、

「君もやってみろよ!気持ちいいぜ!」
「無理だから!」

少しして、ブランコの勢いが止まると、

「何だ。君も意気地がないなあ」
「だって、あたしたち、子どもじゃないのよ?
 もう、30なのよ?」

だが、そういう目は微笑んでいる。

「そんなこと、知るもんか。次はあれ」

僕は滑り台に走っていく。
今度は、咲子もついてきた。よし。

それから僕らは、公園の遊具でひとしきり遊んだ。
二人とも、笑った。笑った。笑った。
いささか近所迷惑だったかもしれないけど、
でも、本気で遊んだ。

はしゃぎ疲れて、戻ってきたのはブランコ。
二人息を整えながら、

「ホント、あなたって、バカねえ」
「まあ、今に始まったことじゃないさ」
「でも、こんなに笑ったの、久しぶり」
「そいつはよかった」
「もう」

咲子は、深いため息をつき、そして、
こちらをのぞき込むようにして見て、

「ねえ、あのとき、どうして浮気なんかしたの?」

奇襲。

「ん・・・・・・」
「わたしのこと、好きじゃなくなってたのかい?」
「いや、そうでもないんだ、けど・・・・・・」
「けど?」
「ええと・・・・・・」

咲子の目は、強力な好奇心で爛々と輝いている。
僕は彼女を納得させるための言葉を絞りだそうと思いつつ、
すっかり失語症。

沈黙は、思ったより、長くなかったのかも知れない。
それを破ったのは、携帯電話の着信音だった。
もちろん、咲子のもの。

彼女は駆けだして、
公園の隅に立ったまま、何やら話し始める。
月の光に照らされた咲子のシルエットについ、
見入ってしまう。

戻ってきた彼女は、
申し訳なさそうに、

「彼氏なんだ」

そして、何かを吹っ切るように、

「わたし、結婚するの」

不思議と、僕に驚きはなかった。だから、
出てきた言葉は、

「そう、か」
「驚かないね?」
「お年頃だしね、お互いに」
「そうだね」

咲子は、ブランコからぴょこんと
立ち上がると、ぺこりと、僕にお辞儀をした。

「浮気、してくれて、別れてくれて、ありがとう」

僕は、何も言えずうなずくしかできなかった。

「あたし、もう、帰るね」
「ああ、俺はもう少し、遊んでいくよ」
「じゃ、また」
「また」

「また」って、どういうことなのだろう?
僕には、わからない。
咲子にも、きっと、わからない。

咲子は振り向かず、公園を背に歩き始める。
砂を踏みしめる彼女の足音が、
一歩一歩、
確実に、遠ざかっていく。

(これで、いいんだろうさ)

彼女の姿が視界から消えると、
僕は、ブランコの上に立ち上がり、
もう一度、月に向かって勢いよくこぎだした。

キィィィ、キィィィ・・・

二人のときには聞こえなかった、
ブランコの金具の音が。

隣には、乗る人のないブランコが、
ゆらゆら、ゆらゆら、ゆらゆら、ゆらゆら・・・・・・

その下には、ビールの空き缶が二つ、並んでいた。



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