SSブログ

『十三夜の焔』~ある月村文学のカタチ~ [読書]

スポンサーリンク




月村了衛『十三夜の焔』読了。面白かった。

御先手弓組の武士幣原喬十郎と元締め代之助傘下の盗人千吉。境遇も性格も全く異なる同世代の二人が、天明四年(1784年)五月の十三夜、ある往来の殺人現場に居合わせたことで、運命の歯車が回りだす。殺人犯として千吉を追う喬十郎に対し、千吉は、その追求と殺人の濡れ衣を躱そうと知恵を絞る。

互いに持てる力や人脈を最大限に用い、どうにか目的を達成しようとするうち、喬十郎は幕閣の陰謀に巻き込まれ、信じていた人物にも裏切られ、佐渡へ左遷。一方千吉は、両替商銀字屋利兵衛と名を変え、本両替仲間に食い込み、商人世界で栄達の道を歩む。

時は流れ、帰任し出世した喬十郎と商人として栄達を続ける利兵衛は、またしても江戸で遭遇。驚きとともに、お互いを憎悪し、強く意識する中、経済政策を巡る幕閣内の権力闘争に翻弄され、それぞれがそれぞれの立場で苦衷の選択を強いられる。

曲折を経つつ、政治や運命に玩ばれる無力にひしがれながら、それでも妻子の幸せを願って懸命に働き、全力で自分の本分を尽くす同時代の一人の男の姿として、二人はお互いを認め合っていく。作中の謎が一つずつ明らかになるにつれ、時間は流れ、二人は老人となって一線から退き、友情というにはあまりに重々しい感情を互いに抱きながら晩年を迎える。

そこにあるのは、時代小説の体を取りながら時代小説を超え、これまでの月村さんの作品のあらゆる要素がてんこ盛りとなった、非常に贅沢な作品であった。

江戸時代という背景や剣劇には当然のように『神子上典膳』『コルトM1851斬月』以降の時代ものの作品があり、喬十郎と千吉という二人の男の憎悪や友情に似た巨大な感情による交錯は『機龍警察 暗黒市場』を思わせる。長年にわたり政治権力に振り回されながらも己の矜持を保って生きようと足掻く姿には『東京輪舞』が脈打ち、家族を愛し守りたいがゆえに正しくない道を選ばざるをえない苦衷は『欺す衆生』を彷彿とさせる。

他にも、過去の月村文学のエッセンスが随所にちりばめられており、あたかも、過去の作品が丁寧に消化され、その滋養が文と物語の隅々にまで行き渡ってる感じ。

それだけでも堪らないのに、『十三夜の焔』の最後は、やるせなさや失望や苦汁や驚きに満ちた過去作品のどれにも似ずに新しく、すこぶる端正で美しい。これまでの作品をきっちりと踏まえつつ新しい境地に一歩踏み込もうとする、月村さんの強烈な開拓精神を感じる。

これは、月村文学の新しいカタチなのではなかろうか。

すでに多くの人気作品をものにし、作家として押しも押されもせぬ立場であるはずの月村了衛さんがこのような開拓精神を持つことは素晴らしいし、守りに入らないその姿勢は、驚嘆に値する。これからも、月村さん本人の筆で月村文学を乗り越えていくことを期待したい。その過程そのものが、月村文学のカタチなのかもしれないのだから。

≪『十三夜の焔』amazon≫
https://www.amazon.co.jp/%E5%8D%81%E4%B8%89%E5%A4%9C%E3%81%AE%E7%84%94-%E6%9C%88%E6%9D%91-%E4%BA%86%E8%A1%9B/dp/4087718123

51HgqVhkmgL._SX348_BO1,204,203,200_.jpg


スポンサーリンク



nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

nice!の受付は締め切りました

コメント 0

コメントの受付は締め切りました