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チキッチン、ベーコンエッグ、再会を期し [新宿]

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新宿ゴールデン街、馴染みの店がまた一つ閉店とのこと。チキッチン。

飲み屋が多いイメージのゴールデン街で、カウンター席しかないにも関わらずきっちりしっかりと飯を食わせてくれる店であり、もちろん、酒も飲める。メニューはほぼほぼ日替わりではあるが、お通しはじめ、店主のちぎらさんが巧みにアレンジをきかせた代物は、食い終えて、なんとなく、心が満たされる。

心もだが、それ以上に満たされるのは胃袋である。全体的に、量が多いのだ。

例えば、天丼。色とりどりの陶器のどんぶりで出してくれるのは嬉しいが、どんぶりの蓋がほぼほぼその意味を失い、海老やら何やらの黄金色の天ぷらが、自由奔放かつやんちゃに器からはみ出ている。かつ丼もそうだ。「これが一番おいしく揚げられるから」との理由で、肉は300グラム。切り口を見れば、ウェルダンのギリギリ手前で、薄ピンク色を残したとんかつは確かに食欲をそそる。

その他、魯肉飯、カレー、羊肉の串焼き、カツサンド、鶏唐揚げ、スタミナ焼き等々、万事盛りだくさん。始末が悪いことに、これらのメニューがすべからく美味い。これまで食べてきたそれらの料理とは、一味違う。したがって、チキッチンに訪れる人々は、若い時分の食欲をどうにかかきたて、料理に挑むことになる。

個人的に好きだったのは、ベーコンエッグだ。

「厚切りベーコンエッグ」とあり、1000円以上する。ずいぶん高いなと思いつつ、好奇心で頼んでみた。カウンターの隅でちぎらさんがベーコンを焼く音が聞こえ、香りが漂う。いい感じ。しばらくすると、大きな皿にベーコンエッグと名付けられたものが鎮座して現れた。

おお。

まるでかまぼこ板のような、厚さ約1センチ、長さ約10~15センチ、幅4~5センチのベーコンが十字に二枚(!)。加えて、その下に、目玉焼きが四つ(!!)。傍らに、粒マスタードがこんもりと添えられている。見るからに凶悪な一皿だ。

ジブリのアニメで見た炙りベーコンは、その薄さのため、しなって端がカリカリしているような感じだったが、厚さ1センチではしなりようがない。もはやステーキだ。それが二枚なのである。

ビジュアルのインパクトに気圧されつつ、やおらナイフとフォークを手に取り、食らう。ベーコンを一口大に切り噛み締めると、その風味、脂のコク。目玉焼きの白身はほんのり優しく、ベーコンの肉汁と脂に半熟の黄身を混ぜ合わせれば、その旨味は魔性だ。マスタードをたっぷりとまぶし、アクセントをつけながら食うのは、もはや愉悦である。

無我夢中でナイフとフォークを動かし、どうにかこうにか皿を空にする。戦い終えたかのような満足感。

惜しむらくは、このベーコンエッグをいつも腹を減らしていた10代のときに食べたかった。残念ながら、今の自分は不惑を過ぎ、食欲も胃腸も衰えている。でも、チキッチンのベーコンエッグには、見た目といい味といい、その衰えた消化器を駆り立てる何かがあったのである。

料理を食らう傍ら、満面に喜怒哀楽豊かな表情を浮かべて語るちぎらさんとのおしゃべりもまた、楽しい記憶だ。例えば、面白いからと、僕のTwitterを朗読されたときの気恥ずかしさときたらなかった。謎のお菓子フローレットの話も愉快だった。酔った他店店主がちぎらさんに魯肉飯の上の肉部分をせびるシーンを目の当たりにし、大いに笑わせてもらったこともあった。

料理はもちろん、店の雰囲気にも細心の注意が払われ、訪れる客たちは、ちぎらさんから周到に選別されていた。当然繁盛店であり、覗いてみては満席であることがしばしば。いい年をした紳士淑女が、開店前に店の入り口で待っているのも、よくある光景であった。そんな繁盛店にも関わらずたまたま客が僕一人のときがあり、新たに搬入された空気清浄機の設置作業を見つつだらだら飲ませてもらったことも、しんみりと思い出す。

そんなチキッチンが、2022年6月20日の営業をもって、とうとう閉店してしまったのである。

理由は、店主ちぎらさんの体調不良だそうだ。5月ころには、年内中の閉店がアナウンスされていたが、それがご事情により前倒しされてしまった。正直、もうしばらくはベーコンエッグが食べられると思っていただけに、残念であり、無念ではある。

今度は、カウンターの向こうではなく、同じ酒場の客としてちぎらさんと会うことが増えるのかもしれない。それはそれで楽しみではないと言えば噓になる。再会を楽しみにしているのは間違いない。

しかし、チキッチンの美味しくも楽しい時間がもはや記憶の中にしか残されていないのだと思うと、仕方ないで割り切るには、まだまだ、寂しい気持ちを抑えることは難しいのである。

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