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『暗鬼夜行』感想~エンタメの向こう側へ~ [読書]

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『暗鬼夜行』(月村了衛)読了。

圧倒的に読ませる、そして考えさせられる読書体験だった。

中学校のSNSに投じられた学校代表の「読書感想文」盗作疑惑。国語教師汐野は、その解決に奔走する。 中学生の言動や、それぞれの思惑を抱えた保護者、周囲の教師たちその他あらゆる人間に翻弄され、打つ手打つ手が結果的に全て後手に回り公私ともにジリジリと追い詰められ削られていく汐野。その姿には読む方もひたすらジリジリさせられる。

また国語の授業の教科書の中で、そして要所要所で繰り返し触れられ、基調低音として不気味な存在感を見せつける中島敦の『山月記』。

ラスト50ページあたりから、たたみかける乱撃のように明かされていく謎。そして勝利と呼ぶには余りにも苦い汐野の逆転劇。結局、汐野は教師を辞め、この事件を小説にしたためようと苦吟するところで物語は終わる。

そこには、純真無垢な中学生もいなければ、教育に情熱を捧げる教師もおらず、地域や学校を慮る保護者もいなければ、なんなら高潔な政治家もいない。汐野も含め、年齢性別立場を問わない人間の俗物さ醜悪さ、すなわち「暗鬼」をこれでもかと見せつけられた上で、自尊心も仕事も恋人も周囲の信用も、あらゆるものを失った汐野が、

「書くしかない。書くしかないんだ」

と、自分の人生を自分の意志で決断できたこと。それが最後の最後での微かな救いなのかもしれない。

謎解きの要素をふんだんに盛り込んだミステリであり、教育の現状をカリカチュアライズした社会小説であり、『山月記』への尽きぬオマージュであり、作中の事件をさらに書こうとする作家の姿を映したメタフィクションですらあるのではないかと思う。

確かにエンターテインメントではある。しかしこれを、エンターテインメントとだけ言ってしまっては、なんだかその意義を捉えきれないのではとも懸念する。これはもう、『暗鬼夜行』という唯一無二の作品としか、言いようがないのではないか。

ともあれ、月村了衛さん、執筆協力のご縁もありデビュー作から拝読させていただいているが、特にここ数作、題材といい物語と人物像といい、毎度毎度新たな作品世界を開拓し構築していく姿が本当に凄まじい。

さて、かつてジョアン・ミロはピカソを評し、

「明日には何を描くかわからないという人々の期待が、彼を攻撃から守るのです。彼の巧みな技術は、いわば商標なんです」

と述べたという。描くを書くに代えれば、ある意味もう月村さんなのではないか。

エンターテインメントでありつつそれを超えようと胎動しているかのような『暗鬼夜行』を読んでしまったからには、次回作以降がどうなろうと、驚きはしない。いや、驚きはするのだろう。しかし、まだ見ぬその作品が自分の心を様々な角度で喜ばせてくれることを、もはや疑いはしないのである。

≪暗鬼夜行:e-honリンク≫
https://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000034060612&Action_id=121&Sza_id=A0


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