SSブログ

テロは「戦争」か?パリ同時テロについて [国際]

スポンサーリンク




13日に発生したフランス、パリの同時テロ。120人以上の犠牲者を出した痛ましい惨劇となってしまいました。亡くなられた方に哀悼を表するとともに、怪我をなさった方々の回復をお祈り申し上げます。

テロの背景にはIS(イスラム国)の存在があるとされ、フランスは犯行声明を出したISのシリア本拠地に空爆を実施しました。2001年のアメリカ同時多発テロ以降、テロに対しては、「対テロ戦争」という言葉が用いられ、テロ組織やその根拠地に対する軍事的な攻撃が当たり前のような光景になっています。

もちろん、テロに対して強い憤りを持つ気持ちは理解できます。また、テロ組織が根拠を置く地域は、現地政府の力が及ばない、いわば権力の空白地帯であり、軍事力行使を正当化しやすい土壌もあるでしょう。とはいえ、イスラム国の状況や、今回図らずも発生したテロ事件を見るように、テロを「戦争」と理解するやり方には一定の限界があることは否めません。

政治的目的や主義主張がなんであろうと、テロ行為の現象を見れば、それは多くの人を危険にさらす殺人行為であり、どこの国や地域でも刑法上禁止されている行為のはずです。その意味では、テロが持つ「犯罪」という側面をもっと強調した対処を取るべきではないかと思います。

テロを「犯罪」と解すると、強く非難されるべき行為であることを印象付けることになりますが、捜査は、各国の実体法や手続き法の規律を受けることになります(例えば、黙秘権、弁護士、令状要件など)。また、刑事司法組織が機能していない国や地域では法執行に限界もあるでしょう。一方戦争と解すると、犯罪捜査に比べれば取れる手法は多くなりますが、テロリストの無法を裁くのではなく、ルール無き力と力の激突になってしまいます。

かつての米国の「対テロ戦争」は、テロ被疑者に対し刑事手続き上の権利保障をせず、しかも戦争捕虜としての取り扱いもしなかったことから、悪名高い収容施設等で拷問等の尋問がなされ、イスラム諸国の恨みを買うことになってしまいました。テロ組織の根絶は重要な目標ですが、その手法によっては憎しみの連鎖となりかねません。

一方、殺人罪の被疑者を捕まえることは、思想や宗教を超えた普遍性がある話です。テロの「犯罪」としての側面を強調することで、イスラム圏でも、より協調した対策を取れるのではないでしょうか。軍事力を使うべき領域と、刑事法や犯罪対策として考えるべき領域との使い分けが重要なのだと思います。



スポンサーリンク



nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました