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冬、上野、津軽雪鍋 [食べ物系]

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冬になると、上野、北畔の、津軽雪鍋が恋しくなる。

寒さに肩をすぼめて店に入ったときの暖かさ。まずは、鰊の切込みあたりを肴に桃川の燗酒をちびりやりつつ、ぼんやり周囲を眺めたり同行の友人知人と語らったりするが、心の中はもう鍋一色だ。

焦らされるような心地でしばらくすると、コンロが置かれる。しばし待てば、今度は鍋が満を持して登場し、コンロに鎮座する。その表面は白。そう、清楚な純白の大根おろしが雪かとまごうばかりに鍋を覆っているのである。

コンロに火が付き、鍋が温まり始める。くつくつと煮える音に気分は高まる。頃合いか、頃合いか。具材に火が通るこの時間のもどかしさもまた味わい深い。程よく煮えれば、あとは具材をすくって食らうだけだ。

たっぷりの大根おろし。白菜、水菜、えのき、しいたけ、葱などの野菜。そして何よりは真鱈であり、その白子なんである。鍋の出汁の中でほんわりと熱を帯びた白子の味ときたらない。凝縮された鱈の旨味と香りが口の中でふうわりと溶けて放たれていく。これはもう、だ。

かつて海原雄山はとらふぐの白子と比べ鱈の白子をくさしていたが、雄山の見識を嘲笑いたくもなってしまう。

真鱈の身はぷりぷりとして、とろりとした皮目と合わせてこちらも佳品。そんな鱈の身と白子を軸に、煮えた野菜の味と歯ごたえがじんわりとよろしく、大根おろしが口の中をさっぱりと洗い流し、ほのかな柚子の風味でキリリと引き締まるんである。

それら具材全てのベースにあるのが、やはり出汁の力。この鍋はポン酢も何も使わずに、出汁でそのままいただく。この出汁、おそらく昆布と鰹節を土台としたシンプルなものなのだが、バラエティに富む具材の旨味をたいそう良く引き立てている。むろん出汁自体もしっかりと滋味深い。

要は美味いのだ。

そんな素晴らしい鍋を友人知人とつつき、だらだらと楽しくしゃべっていると、いつしか桃川の燗酒の二合徳利が林立し、鍋には何も無くなっている。もう潮時かと勘定を払い外に出ると、冬の風は世間そのものであるかのように冷たい。

とはいえ、津軽雪鍋と燗酒がくれた温かさが腹に灯っている。友人知人のたわいない笑顔もあった。だから、明日も一日生きようと気持ちを新たにする。

そんな、ある鍋物の話なんである。




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