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【読書】国家の罠~外務省のラスプーチンと呼ばれて~ [読書]

『国家の罠~外務省のラスプーチンと呼ばれて』読了。

色々な角度で楽しんだ一冊。

国策捜査に関する緻密なノンフィクションであり、
私小説であり、外交評論であり、政治の群像劇でもある。

「トリックスター」田中真紀子の迷走は、
外務省内の権力闘争におけるパンドラの箱を開け、
日本の外交政策は「地政学論」から「ナショナリズム」へと、
大きく舵を切る。

これまで、北方領土問題の解決を軸とするロシア外交に、
深くコミットしてきた鈴木宗男や筆者は、政策転換とともに、
「国家の罠」に転落。国策捜査の中で、犯罪者の烙印を押される。

逮捕・勾留された筆者と、検事との取調という攻防。
犯罪作家としての検察組織の描くストーリーに、ある面では妥協し、
ある面では峻拒する筆者の態度。それは知的な遊戯として、
どこか優雅にさえ思えてしまう。

いずれも事実の積み重ねを丹念に描いていて、とても面白かった。

そんな中、色々あれど、一つ感じたのは、

「犯罪とは何か。悪とは何か」

ということ。

刑事事件に関して、筆者の主張が全て正しいとは思わないが、
捜査が「国策」として行われるのであれば、時の政治の意思によって、
「犯罪」や「悪」の定義が変わってしまう。

そして、民主主義国家の政治の意思とは、畢竟、
ワイドショーと中吊り広告の決めた多数派の意思に過ぎない。

もっとも、多くの場合は、多数派の正義というのは、
「正しく」「常識的」なのだと思う。

人を殺すのは良くないし、人のものを盗むのも悪いことだ。

しかし正義とは、善とは、多数派の安心に依存するモノだけ、
なのだろうか?

キリストを処刑したユダヤの人々は正義だろうか?
ソクラテスに毒杯をあおらせたアテネの人々は正義だろうか?

僕らが立っている善悪の基盤は、マグマの表層に浮かぶ、
地殻のようなものかもしれない。

当たり前のように存在する地面が、ある日マグマの胎動で、
瞬時に崩れ去ってしまうような感じ。

そんな善悪の彼岸のことを考えさせられた次第なんである。

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