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そもそも「証拠」って何?~刑事裁判における証拠について~ [警察・刑事手続]

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刑事裁判における証拠について、ざっとまとめてみました。

1:はじめに~そもそも刑事裁判における「証拠」とは?~

ある人に死刑にしたり、刑務所で懲役を受けさせたりなどの刑罰を課すには、刑事裁判の被告として有罪判決が下されなければなりません。

そして、刑事裁判の中でも重要なのが、事実の認定。すなわち、被告人が、起訴された原因となっている犯罪行為を行ったかどうかという事実を、裁判官(そして裁判員。以下断りが無ければ、裁判員も含め、裁判官で統一します)が認定するプロセスです。

もちろん、裁判官が事実の認定をするといっても、好きな参考資料を何でも使って、好き放題に認定してよいわけではありません。事実の認定は、証拠によらなければならないのです(刑訴法317条)。

証拠で事実を認定するというのは、当たり前過ぎると言えるでしょう。しかし、多くの事件では、報道や専門家の意見などがありますし、関連する文献もたくさんあるでしょう。加えて、裁判官の思想や信条、経験などもあるはずです。そのような外部の参考情報は、それがどんなに役立つものであっても、一定のルールに従い、裁判の場所(公判)に提出された「証拠」で無い限り、事実認定に使ってはいけないことになります。

例えば、被告人が自分の犯行について詳細に語った自白があったとしても、ルールに従った自白でなければ、証拠として事実認定に使うことはできません。その場合は、凶器などの物的な証拠、証人の証言、現場検証や様々な鑑定結果など、自白以外の証拠で事実認定をする必要があります。

このように、刑事裁判における「証拠」とは、一定のルールに従い、事実認定に使うことができる資料や情報のことを指します。

ではなぜ、そのような堅苦しいことをするのでしょうか。この後、個々のルールを概説する際にも触れますが、歴史上、刑事手続きは時の権力者や民衆の意思によって乱用され、気に入らない人々を迫害するために利用されてきました。証拠に関する様々なルールは、大げさに言えば、そのような乱用や迫害を少しでも減らすための、人類の工夫の歴史から生まれてきたものと言えるのかもしれません。

では、証拠を巡るルール(これを「証拠法」といいます)やその考え方にはどのようなものがあるのでしょうか。以下、簡単に見ていきましょう。

2:証拠能力と証明力
(1)証拠能力:事実認定に使っていいかどうかの判断
 証拠能力が無い資料や情報は、事実認定に使うことはできません。
 詳しくは、以下証拠法の内容を紹介するときに触れますが、例えば、取調べのときに拷問や暴行脅迫が行われ、被告人が自分の意思で語ったとみなされない任意性の無い自白は、それがどんなに犯行の証明に有効であっても、証拠能力はありません。また、要件を満たさない違法な捜索で差し押さえられた物的証拠も、証拠として使えないことがあります。このように、証拠能力は、あるかないかの二択で判断されます。

(2)証明力:事実認定にどれだけ役立つかの程度
 証拠能力と比べ、証明力は、より幅のある概念です。証明力の高い証拠として代表的なのは、やはり被告人の自白です。犯行の日時場所や、使った凶器、犯行の具体的内容など、いわゆる犯人しか知りえない情報が盛り込まれた自白は、事実認定上最大限の証明力があります。このことから、自白は「証拠の王」などと言われることもあります。
 一方、例えば、殺人事件において犯行現場に被告人の足跡があった、という証拠が出されたとします。この場合、「被告人の靴が犯行現場に足を踏み入れた」、という事実を認定することはできますが、これだけでは、「殺した」証拠にはならず、証明力が限られていることになります。
 このように、証明力は、事実認定にどれだけ役立つかの程度を示す概念となります。

 刑事裁判の事実認定では、検察側が証明しようとする犯罪事実の証拠を出す一方、被告や弁護人は、その証拠能力を否定したり、証明力を削ったりするために、反対尋問や証拠提出を行います。裁判官は、そのような証拠を巡るやり取りを通じて、事実を認定するわけです。

3:証拠に関する様々なルール(証拠法)の紹介
(1)「自白」の取り扱いに関するルール(自白法則、補強法則)
 証明力のところでも触れたように、自白は「証拠の王」です。実際、世界の刑事手続きの歴史は、被疑者被告人から、あの手この手で自白を得ようとする試みに満ち満ちています。当然、その過程では陰惨な拷問が行われてきました。また、拷問や強制による自白は、往々にして取調官のストーリーに迎合した自白となりがちであり、真実という意味からもかけ離れることが少なくありません。自白は、有力な証拠であるがゆえに、様々な問題をはらんでいるのです。
 中でも、注意しなければならないポイントは、
  ①自白を得る取調べの過程で、拷問・脅迫などが無いこと(≒任意の自白であること)
  ②事実認定において、自白に依存しすぎないこと
の2点です。刑事手続き上、主に①に関するルールを「自白法則」、②に関するルールを「補強法則」と呼んでおり、その基本的な考え方は、憲法38条の2項と3項にそれぞれ示されています。(この考え方を具体化したのが、刑訴法の319条です)
 憲法38条2項には「強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない」とあります。これが自白法則。同じく3項には、「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない」とあり、これが補強法則とされています。
 すなわち、強制や拷問によって得た任意性の無い自白は、自白法則によって証拠能力がありません。もっとも、実際の犯罪捜査では、自白を得るために捜査官が被疑者を執拗に説得します。ときには、声を荒げたり、拷問とはいえないまでも、心理的な圧力を用いるケースもあるでしょう。そのような捜査官の行為によって得られた自白に、任意性があるといえるか否か。これは、個々の刑事裁判で吟味されることになります。実際、自白の任意性は、自白事件の事実認定において最大の争点となることが少なくありません。
 また、刑事裁判で被告人を有罪にするには、自白以外の証拠が必要となります。補強法則は、自白への依存を防ぐ目的であり、架空の犯罪で被告人が刑罰を受けないようにするための法則と考えられています。

(2)被告人の反論を確保するためのルール(伝聞法則)
 伝聞法則とは、伝聞、すなわち、また聞きは原則としてそのまま証拠にはできませんよ、という仕組みであり、刑事訴訟法320条に定められています。では、伝聞証拠とは、どんなものでしょう?
 こんな例を考えて見ましょう。私(坂本勝)が、財布を盗んだ窃盗事件の被告人だったとします。証人のAさんが、『坂本勝が〇月〇日、△△のバーで、その財布を盗んだのを見た』という証言をした調書が証拠として提出されたことにしましょう。この調書が、私の盗みを証明するための証拠としては、伝聞証拠として扱われます。したがって、伝聞法則により、原則として証拠能力を否定されることになります。この証言を使うのであれば、例え証言内容が同じであっても、証人のAさんを法廷に呼んで証言してもらい、私および弁護人方の反対尋問を受けてもらわねばなりません。
 理由は、異論があって被告人が反論や反駁をしても、また聞きを記した書面からは回答を得ることができないからです。実際、証言するに当たっては、記憶違いや思い入れが含まれることは少なくありません。そのような記憶違いや思い入れを修正するには、文書の元となった証言をした人に尋ねる必要があります。すなわち、伝聞法則は、被告人の反対尋問の権利を保障するための法則なのです(憲法37条参照)。もっとも、伝聞法則には、被告人の反対尋問の権利だけでなく、法廷で裁判官が直接証人の応答を見ることによって、事実認定に役立つという目的もあります。裁判員裁判の場合は、特にその要請が強くなるのかもしれません。
 なお、法律上は、様々な理由でこの伝聞法則の例外が認められています(刑訴法321条参照)。ただ、また聞きを証拠にしないという伝聞法則の考え方は、刑事裁判を離れて、通常の議論でも役に立ちうる考え方ではないかと個人的には思います。

(3)捜査を適正に行うことを目指したルール(排除法則)
 刑事裁判で検察側が提出する証拠は、それ以前の捜査によって集められたものです。被疑者の身柄を拘束する逮捕や勾留、被疑者の家などに立ち入って証拠を探す捜索、財産を一時没収する差押さえなど、捜査は、被疑者の権利を侵害する要素がたくさんあります。もちろん、逮捕などの強制捜査は、法律上定められた手続きで行われなければならず、例えば、原則として裁判官の令状が必要とされるなど、権利の侵害を最小限にするように配慮されています(刑訴法197条など参照)。
 しかし、捜査は、迅速に証拠を集める必要が高いため、刑事裁判のような被告人の反対尋問権が被疑者には認められておらず、警察などの捜査機関のイニシアティブで進められます。そのため、捜査段階で違法に被疑者の権利を侵害する可能性が高くなります。排除法則は、そのような違法に収集された証拠の証拠能力を否定することで、捜査機関にいわばペナルティを課し、捜査の適正さを目指したルールです。
 排除法則が問題になるのは、主に物的証拠です。なぜなら、自白にはすでに自白法則を通じて、強制や拷問が抑止されうるのに対し、物的証拠には、そのような規律がありません。実際、排除法則については明文上の根拠規定は無く(憲法38条や35条などの意見はあります)、裁判例上の原則とされています。
 ただ、違法な捜索・差押さえや、近年だと、無断でGPSを設置し被疑者の行動を監視した捜査手法に対し、排除法則が議論されています。犯罪の状況に応じた捜査手法を考えていく上で、排除法則は無視できないものとなっています。

4:終わりに
 刑事裁判の事実認定は証拠による、一見あたりまえの話ですが、実は「証拠」と一口に言っても、証拠法の様々なルールによって規律されています。ちなみに、日本の法律では、刑事訴訟にこそ様々な証拠法があるものの、民事訴訟ではそのようなルールは無く、当事者同士の同意にほぼ委ねられています。証拠法は、刑事裁判が圧制や迫害の道具にならないよう、人類が積み重ねてきた経験と試行錯誤の結果であるといえるでしょう。技術の進歩に伴い様々な捜査手法が開発されたり、裁判員制度など裁判の仕組みも変化する中、証拠法の進歩は、現在進行中なのかもしれません。
 


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