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In the depths,forever [新宿]

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歌舞伎町のとある雑居ビルの4階、隣はホストクラブ。

その店に行くときは、いつも限りなく早朝に近い深夜、もしくは、限りなく真昼間に近い早朝だった。ドアを開けると、右手はテーブルとソファ。正面には、カウンターと、赤いジャージのちっさいおっさん。Bar in the depthsと店主のりょうさん。

角の水割りを傾けつつしばらくすると、概ね、カレーが出てくる。朝方に食うジャガイモのカレーは、何の変哲も無くて、でも、どんな名店のカレーよりも、ただただ、胃と心に沁みた。カレーもよかったが、個人的には、豆腐を入れたクリームシチューの方が好きだったのは内緒。

だらだらと見るタモリ倶楽部やヨルタモリは、こせこせした目的意識に縛られない、贅沢な時間の使い方。佐野元春の『Someday』がかかれば、声を張り上げ歌い、波田ニューヨークのマジ歌がかかれば、「ざ~んねん」と、とりあえず踊る。

飲み、食い、だらだらし、歌い、踊るうちに、眠くなる。

眠くなると、「りょうさん、ごめん」とつぶやき、ソファに移動し、横たわる。もしくは、カウンターに突っ伏し力尽きる。目覚めれば、もう昼前。僕にとってのdepthsは、まあ、こんな感じ。

僕らは、思い思いのやり方を開発し、薄暗いその店を心から使い倒した。ときには音楽を聴き、ときには歌い、ときには踊り、ときには喧嘩をし、ときには恋をし、語り、黙り、テレビ番組を見、飲み、食い、そして寝た。たくさん寝た。

少々大げさに言えば、そこは、人間が、人間らしく生きていた場所だった。それは、りょうさんという気のいい創造主が作り上げた、心地よい小宇宙だった。

それなりに年齢を重ねると、世の中にはそんな場所がとても少ないことに、否応なしに気づかされる。僕らは、いい年をしたおっさんやおばさんのはずなのに、ずっとずっとその小宇宙で遊んでいられる、本当に、無邪気に、ほとんど意識すらせずに、そう思っていた。

ところが、小宇宙は、あまりにも突然に、あまりにもあっさりと、永久に、失われた。創造主が、人間の世界を離れてしまったのだ。

唖然、困惑、茫然自失。

正直、in the depthsが永久に失われてしまったことを受け入れるには、僕の心は物分かりが悪すぎる。せめて、in the depthsでのかけがえない思い出の欠片を一つ一つ取り出しては眺め、同じ気持ちの人々と見せあいながら、喪失に耐えることにしよう。

りょうさん、ありがとう、そしておつかれさま。向こうで店を出すときも、どうか眠りやすい店にしてくださいな。

またね!


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