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ヘイトスピーチ、「反対」と「抑圧」の狭間 [事件]

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ヘイトスピーチに関するコラムが面白かったのでシェアします。

【参考】
http://blogos.com/article/179166/

川崎市で先日、在日朝鮮の方々への差別的表現を含むデモに対し、ヘイトに反対する市民数百人が取り囲み、最後は警察の説得もあってデモ自体が中止されたという事件がありました。これに対して、ヘイトスピーチへの反対の立場から高く評価する声がある一方、正規の道路使用許可を経たデモを事実上実力行使で中止させたことに対する批判もあります。

この件も含むヘイトスピーチ全般に関し、筆者の主張でユニークなのは、ヘイトスピーチへの「反対」とヘイトスピーチの「抑圧」を分けて考えていることであり、中でも後者について懐疑的であることです。

『数百人で取り囲んでデモを中止に追い込んだことを称賛する人たちは、自分たちのデモが数千人に取り囲まれて中止に追い込まれる事態は生じえないと思っているのだろうか。』
『戦争の時代、国民を抑圧したのは国家権力よりむしろマスメディアや周囲の目だったことを忘れてはならない。』

などの文中の指摘は非常に示唆的です。

確かに、差別的であり過激な表現のヘイトスピーチは無くなってほしいと思います。しかしヘイトスピーチを無くすために何をやってもいいわけではないはずです。生命や身体、財産への危険が差し迫っている場合を除き、集団での圧力や政府の実力行使には、消極的であるべきだと思います。

むろん、明らかに不穏当な表現のヘイトスピーチもあります。しかし今後は、ヘイトスピーチに該当するかどうか、微妙な言論が争われることが増えてくることでしょう。

重要なのは、「ヘイトスピーチ=悪=規制」と一直線に結びつけるのではなく、表現の内容や、それが行われた場所、時間帯、その表現によって侵害される権利など、一つ一つの事例をきめ細やかに議論し、その積み重ねで、社会全体でのコンセンサスを作ろうとする試みではないかと思います。



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